親の劣等感という人生のスタート地点

皆さんは、自分が今の性別に生まれた事に、親がどんな感情を抱いたかという事を覚えてますか?

中には、男の子でも、女の子でも生まれてきて嬉しかったって言われた方も居たと思います。

男だという事に大喜びされた人も

男だという事にガッカリされた人も

女だという事に大喜びされた人も

女だという事にガッカリされた人も

アタシは待望の長男として生まれました

8歳年上の姉と

6歳年上の姉が居て。

どうしても3人目は男が欲しいという念願叶って、男として生まれてきました。

それは生まれてきた純粋な喜びと、家系を継いでいく、家系を支えていく男の子であるという期待が込められていました。

無条件の愛情ではなく

『将来有望な長男』である僕として、育つ事にのみによって親の愛情を受けとれるんだという前提から、僕の人生は始まりました。

歳の離れた姉妹と僕という姉弟の構図も、内なる異性としての『アタシ』という性質に大きく影響を与えたと感じています

姉達が、男に生まれて親の期待という愛情を受けていた僕に対して妬みの感情をずっと感じていました

姉達の口癖は

『お前はイイよな』

『また、お前ばっかり』

でした。

男に生まれてきた事

両親が32歳の時に生まれてきたという、親の経済的状態が違った事

姉達からすると、自分達が受け取れなかったものを沢山受け取っているように感じたんだと思います

受けてきた教育の水準が違った事を、大人になってからも恨み、妬みを言われる場面が多くあり、僕はそれにウンザリしていました

僕は内心

『好きで男に生まれてきたわけじゃない』

『僕が感じてきたプレッシャーがどんなに、僕を苦しめたか、わからないくせに』

という反発心でいっぱいでした。

うちの両親は2人とも昭和25年生まれの、父性原理の価値観の影響を受けて育った世代です。

父性原理とは

「切断する」機能にその特性を示します。それはすべてのものを切断し分割します。主体と客体、善と悪、上と下などに分類し、母性がすべての子供を平等に扱うのに対して、父性は子供を能力や個性に応じて分類します。極端な表現をすれば、母性が「わが子はすべてよい子」という標語によって、すべての子供を育てようとするのに対して、父性は「よい子だけがわが子」という規範によって、子供を鍛えようとするのです。
このようにして強いものをつくりあげてゆく建設的な面と、また逆に切断の力が強すぎて破壊に至る面と、両面をそなえています。

この価値観に基づいて

男はこうでなければならない

女はこうでなければならない

という事に対してとても厳格でした。

そして学歴社会、偏差値教育という価値観の影響も大きく

両親ともに中卒だった事もあり。

コンプレックスの憂さ晴らしを僕でしようとしていることは明らかでした。

僕は、一般的には、地元の有名進学校を卒業して二流大学ですが、大学を卒業しました。

僕は、セールスや経営を生業として、実際は学歴はキャリアとは関係無いのですが、親がそれに満足しているという事に価値があると感じています。

親の劣等感というテーマはそれ事態が人生の最初のテーマじゃないかと感じます。

次のblogで、その親の劣等感と、『ペルソナ(生きていくために、かぶる仮面)の事についてご紹介しようと思います。

 

 


クノタ チホ

WRITER / クノタ チホ

米国NLP協会認定トレーナー/米国NLP協会認定マスタープラクテショナー
内閣総理大臣認定心理カウンセラー1級
アルマクリエイションズ認定フューチャーマッピングファシリテーター
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内的世界と外的世界の関係性について研究をするスピリチュアルなNLPトレーナー。
NLPのメソッドを使った女装する講座『変身ワークショップ』を全国各地で開催中。

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